「行列のトレース」とは?定義・性質を徹底解説!
目次
行列のトレースとは?
行列のトレース(trace)とは、正方行列の対角成分の総和のことです。
\( n \times n \) の正方行列 \( A \) に対して、トレースは次のように定義されます。
\[ \mathrm{tr}(A) = \sum_{i=1}^n a_{ii} \]
ここで \( a_{ii} \) は行列 \( A \) の主対角成分です。
たとえば、次のような行列を考えます:
\[ A = \begin{bmatrix} 2 & 1 & 0 \\ -1 & 3 & 4 \\ 5 & 0 & -2 \end{bmatrix} \]
このとき、主対角成分は \( 2, 3, -2 \) なので、トレースは次のようになります: \[ \mathrm{tr}(A) = 2 + 3 + (-2) = 3 \]
トレースの計算方法
トレースの計算は非常に簡単で、対角成分だけを足し合わせるだけです。
行列のサイズが大きくても、非対角成分は無視して構いません。
例として、次の行列のトレースを計算してみましょう: \[ B = \begin{bmatrix} 1 & 2 & 3 & 4 \\ 0 & -1 & 5 & 6 \\ 7 & 8 & 0 & 9 \\ 10 & 11 & 12 & 3 \end{bmatrix} \] 主対角成分は \( 1, -1, 0, 3 \) なので、 \[ \mathrm{tr}(B) = 1 + (-1) + 0 + 3 = 3 \]
トレースの性質
トレースには以下のような重要な性質があります:
- 線形性: \( \mathrm{tr}(A + B) = \mathrm{tr}(A) + \mathrm{tr}(B) \)、および \( \mathrm{tr}(cA) = c \cdot \mathrm{tr}(A) \)
- 転置に関して不変: \( \mathrm{tr}(A) = \mathrm{tr}(A^\top) \)
- 積に関して交換的: \( \mathrm{tr}(AB) = \mathrm{tr}(BA) \)、ただし \( AB \) および \( BA \) が定義されている場合
- 固有値の総和: トレースは行列の固有値の総和に等しい(重複あり)
例として、次のような行列 \( C \) を考えましょう:
\[ C = \begin{bmatrix} 4 & 1 \\ 2 & 3 \end{bmatrix} \]
この行列の固有値を求めると、\( \lambda_1 = 5 \), \( \lambda_2 = 2 \) になります。
トレースは \( 4 + 3 = 7 \)、固有値の和も \( 5 + 2 = 7 \) です。
例題と解説
例題1:
行列 \[ D = \begin{bmatrix} 0 & 1 \\ -1 & 0 \end{bmatrix} \] のトレースを求めよ。
主対角成分は \( 0, 0 \) なので、 \[ \mathrm{tr}(D) = 0 + 0 = 0 \]
例題2:
\[ E = \begin{bmatrix} 5 & 0 & 0 \\ 0 & 5 & 0 \\ 0 & 0 & 5 \end{bmatrix} \]
主対角成分はすべて \( 5 \)、3つあるので、 \[ \mathrm{tr}(E) = 5 + 5 + 5 = 15 \] このような行列は「スカラー行列」と呼ばれ、トレースは成分 \( \times \) 次元数で計算できます。
トレースの応用
トレースは以下のような場面で重要な役割を果たします:
- 物理学: テンソルの不変量(例:応力テンソルの主不変量)として
- 統計学: 分散・共分散行列の次元削減(例:主成分分析)
- 機械学習: 損失関数のトレース正則化やカーネル法の評価
- 量子力学: 密度行列の期待値やトレース演算子
- 微分幾何学: 曲率テンソルのスカラー量(リッチ曲率など)
また、トレースは演算子のスペクトル(固有値)の合計として定義されるため、固有値問題と非常に関係が深い概念です。
まとめ
行列のトレースは単に「対角成分の和」という単純な定義ながら、線形代数の基本から物理学・統計学まで幅広く応用される重要な概念です。
定義、性質、計算、応用をしっかりと理解しておくことで、より高度な数学的議論にも対応できるようになります。