エルミート行列の完全ガイド
目次
エルミート行列とは?(定義)
エルミート行列(Hermitian matrix)は、複素数を要素に持つ正方行列の一種であり、その行列が自身の随伴行列(エルミート共役)と等しいという特徴を持ちます。つまり、行列 \( A \) がエルミートであるとは、次の条件を満たすことを意味します:
\[ A = A^\dagger \]
ここで \( A^\dagger \) は \( A \) の随伴行列であり、転置行列 \( A^T \) の各成分を複素共役にしたものです。
より具体的には、成分で書くと次のようになります:
\[ A_{ij} = \overline{A_{ji}} \]
これは、行と列を入れ替えた成分が複素共役であることを意味します。
エルミート行列の具体例
エルミート行列の簡単な例をいくつか示します。
実数成分の場合
実数成分のみを持つ対称行列はエルミート行列の特別なケースです。たとえば:
\[ A = \begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 2 & 3 \end{pmatrix} \]
この行列は実対称行列であり、複素共役しても変わらないため、エルミート行列です。
複素成分を含む場合
\[ B = \begin{pmatrix} 2 & 1 + i \\ 1 – i & 3 \end{pmatrix} \]
この行列は \( B_{12} = 1 + i \), \( B_{21} = 1 – i = \overline{B_{12}} \) であるため、エルミート行列です。
エルミート行列の性質
エルミート行列は、数多くの重要な性質を持ちます。
1. 固有値はすべて実数
エルミート行列の最も重要な性質の一つは、固有値がすべて実数であるということです。
任意のエルミート行列 \( A \) に対して、固有方程式 \( A \mathbf{v} = \lambda \mathbf{v} \) を満たす固有値 \( \lambda \) は必ず実数になります。
2. 固有ベクトルは直交する
エルミート行列に対する異なる固有値に対応する固有ベクトルは直交します。すなわち、\( \lambda_1 \neq \lambda_2 \) のとき、対応する固有ベクトル \( \mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2 \) は:
\[ \mathbf{v}_1^* \mathbf{v}_2 = 0 \]
を満たします(ここで \(^*\) は転置と共役を同時に取る操作)。
3. ユニタリ対角化可能
エルミート行列は必ずユニタリ行列によって対角化できます。すなわち、あるユニタリ行列 \( U \) が存在して:
\[ A = U \Lambda U^\dagger \]
と書けます。ここで \( \Lambda \) は対角行列であり、対角成分は \( A \) の固有値です。
4. ノルム最小性と最適性の性質
多くの最適化問題において、エルミート行列が解の構造に深く関与します。特に、行列のノルムを最小化するような問題で頻出します。
エルミート行列の応用
エルミート行列は様々な分野で重要な役割を果たします。
量子力学
物理量に対応する演算子(ハミルトニアンなど)はエルミート行列として表されます。これは観測可能量が実数であることを反映しています。
信号処理と統計学
共分散行列など、情報をまとめるための行列はエルミート性を持つことが多く、主成分分析(PCA)などに応用されます。
数値線形代数
エルミート行列に対する固有値分解アルゴリズムは、対称性を活かして高速化されています。
機械学習
カーネル法など、内積や対称性が重要となる場面でエルミート行列の理論が活用されます。
まとめ
- エルミート行列とは、自身の随伴行列と等しい複素正方行列。
- すべての固有値は実数であり、固有ベクトルは直交する。
- ユニタリ行列によって対角化可能で、さまざまな数理・物理学分野に応用される。
エルミート行列は、その対称性と数学的に美しい構造から、理論・応用の両面で極めて重要な役割を果たします。初学者にとってはやや抽象的に感じるかもしれませんが、例と性質を繰り返し確認することで、理解が深まっていきます。