高校生のための経済学:地震保険・がん保険と「逆選択」のひみつ
目次
逆選択とは?
逆選択(英語では “Adverse Selection”)とは、情報の非対称性がある状況で、不利な選択がされやすくなる現象です。 たとえば、売り手と買い手が持つ情報に差があると、信頼できる商品や人が市場からいなくなり、結果的に「質の悪いもの」ばかりが残ってしまうことがあります。
もっと簡単に言えば、「よく知らない相手と取り引きすると、損するかも」という問題です。
この現象は、ジョージ・アカロフという経済学者が1970年に発表した「レモン市場」の論文で広く知られるようになりました。
保険と逆選択の関係
保険は、病気や災害といった不確実な出来事に備える仕組みですが、ここにも逆選択の問題が発生します。
なぜなら、保険会社は加入者の「本当のリスク(どれくらい病気や災害にあいやすいか)」を正確には知ることができません。一方で、加入者は自分自身の健康状態や住んでいる場所の危険度をよく知っています。
この情報の非対称性があると、「本当にリスクの高い人」だけが保険に入ろうとする可能性が高くなります。これが逆選択です。
地震保険の逆選択
地震保険を例に考えてみましょう。たとえば、地震が頻繁に起こる地域に住んでいる人は、地震保険に入ろうとする強い動機があります。一方、地震があまり起こらない地域の人は、保険料が高く感じられて入らないかもしれません。
このように、地震リスクが高い人ばかりが地震保険に加入してしまうと、保険会社は損害を多く支払うことになり、結果的に保険料をさらに上げざるを得なくなります。そうすると、ますますリスクの低い人が保険から離れてしまい、逆選択が加速します。
がん保険の逆選択
がん保険についても同じようなことが言えます。
たとえば、がんになりやすい生活習慣や家族歴を持つ人は、自分ががんになるリスクを自覚しているため、がん保険に入りやすくなります。一方で、健康に自信がある人や若い人は「保険料がもったいない」と感じて入らないかもしれません。
すると、がんになる確率が高い人ばかりが集まり、保険会社の支払額が増え、また保険料が上がっていくという悪循環になります。これも逆選択の典型的な例です。
逆選択への対策
保険会社はこの逆選択の問題を避けるために、いくつかの対策をとっています。
- 健康診断や過去の病歴の提出を求める
- リスクに応じて保険料を変える(リスクベースのプライシング)
- 保険加入に年齢制限を設ける
- 免責期間(保険に入ってすぐは保障しない期間)を設定する
これらの対策により、リスクの高い人だけが加入するのを防ぎ、市場全体のバランスを保とうとしています。
数式で見る逆選択
経済学では、逆選択を数式で分析することもできます。簡単なモデルを見てみましょう。
人々のタイプ(リスクの高さ)を \\( \theta \\) とし、保険会社が提供する契約を \\( (P, B) \\) とします(\\( P \\) は保険料、\\( B \\) は保障額)。
個人の効用を以下のように定義します:
\\[ U(\theta) = (1 – \theta)(W – P) + \theta(W – P + B) \\]
ここで \\( W \\) は初期資産、\\( \theta \\) は損害発生確率(たとえば地震やがんになる確率)です。
リスクの高い人(\\( \theta \\) が大きい)ほど保険に入りたくなりますが、保険会社はそれを観察できないため、全員に同じ契約を提供すると高リスク者だけが加入してしまう、という逆選択が起こるのです。
まとめ
逆選択は、「情報の非対称性」が原因で、リスクの高い人だけが保険に加入し、結果的に市場全体が不安定になるという経済学の重要な概念です。
地震保険やがん保険など、身近な例でもこの問題が起こり得ます。保険会社はさまざまな工夫を通じてこの問題を防ごうとしています。
高校生のみなさんも、将来自分で保険を選ぶときに「なぜ保険料がこの値段なのか」「どんな情報がやりとりされているのか」を意識してみてください。そうすることで、経済の仕組みをより深く理解できるはずです。