見かけが違っても本質は同じ?「行列の相似」を解説
目次
行列の相似とは?定義と直感
行列 \( A \) と \( B \) が相似であるとは、ある正則行列(逆行列を持つ行列)\( P \) が存在して、 \[ B = P^{-1}AP \] が成り立つときです。このとき、\( A \) と \( B \) は相似行列(similar matrices)と呼ばれます。
直感的には、「見た目は違っても、ある基底の変換によって同じ線形変換を表している」と理解できます。すなわち、基底を変えただけで、本質的な性質(固有値など)は変わらないのです。
相似行列の基本性質
- 相似関係は同値関係です:反射性、対称性、推移性を満たします。
- 相似な行列同士は固有値を共有します(順序は問わない)。
- トレース(対角成分の和)や行列式、固有多項式、最小多項式なども同じです。
- 行列のランク、零空間の次元などは一致しないこともあります。
具体例で理解する相似行列
以下の二つの行列を考えます: \[ A = \begin{pmatrix} 2 & 1 \\ 0 & 2 \end{pmatrix}, \quad B = \begin{pmatrix} 2 & 0 \\ 0 & 2 \end{pmatrix} \] 行列 \( A \) は対角化されていませんが、固有値は \( 2 \)(重複度 2)です。\( B \) は対角行列で、同じ固有値を持ちます。
この場合、\( A \) は \( B \) に相似とは限りません。なぜなら、\( A \) のジョルダン標準形は \[ \begin{pmatrix} 2 & 1 \\ 0 & 2 \end{pmatrix} \] であり、非対角成分に 1 があるため、\( B \) とは相似ではないのです。よって、固有値が一致していても、相似とは限らない点に注意が必要です。
一方で、次のような行列: \[ A = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 2 \end{pmatrix}, \quad B = \begin{pmatrix} 2 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix} \] は、対角成分の順番が異なるだけで、相似です。なぜなら、どちらも固有値 \( 1, 2 \) を持ち、対応する固有空間の次元も一致するからです。
相似と対角化の関係
行列が相似によって対角化可能であるとは、ある正則行列 \( P \) を用いて、 \[ D = P^{-1}AP \] が対角行列 \( D \) となることを意味します。これはつまり、基底をうまく選べば、線形変換がスカラー倍の和として分解できるということです。
対角化できる行列の特徴は以下の通りです:
- 固有値の重複度(代数的重複度)と固有空間の次元(幾何的重複度)が一致している。
- 固有ベクトルが線形独立で、行列のサイズと同じ数だけ存在する。
ジョルダン標準形との関係
すべての正方行列は、ある複素数体上でジョルダン標準形(Jordan canonical form)に相似変換できます。これは、対角化できない場合にも、その「最も簡単な形」に相似変換できることを示します。
例えば、次のような行列: \[ A = \begin{pmatrix} 3 & 1 \\ 0 & 3 \end{pmatrix} \] は対角化できませんが、ジョルダン標準形は自分自身です。これは、 \[ J = \begin{pmatrix} 3 & 1 \\ 0 & 3 \end{pmatrix} \] として、\( A \sim J \)(相似)であることを意味します。
相似行列の応用
相似行列は理論的な美しさに加えて、以下のような多くの実用的な応用があります:
- 微分方程式の解法:線形常微分方程式系の解に対して、係数行列を対角化またはジョルダン化することで解析的に解ける。
- 行列のべき乗:対角化またはジョルダン標準形により、\( A^n \) の計算が容易になる。
- 量子力学:物理的観測量の演算子を、固有値問題として解析する際に相似変換が多用される。
- グラフ理論:隣接行列やラプラシアン行列の性質を調べる際に、相似性が重要になる。
行列の相似性を理解することは、線形代数の深い部分への入り口です。見た目の違いに惑わされず、本質を見抜く力が試されるテーマといえるでしょう。