倍増の濫用とはじき図
以前、「みはじ」「はじき」「どらえもんの鈴」についての記事を書いた際に、割合概念は初学者にとって難しいから、ゆっくり丁寧に教える必要があると指摘しました。特に、小学校のカリキュラム上、方程式をしっかりと学修しない状況で割合の計算を教えるので、パターンマッチングによる学習に陥りやすく、中学高校での学習の重大な足かせになっているようです。はじき(みはじ)を使用している小学生は以前紹介したはじきアプリ程度の理解しかしておらず、何か分からないけれど、分かっているものを投げ込むと答えが返ってくる箱があるという認識になっていることがほとんどです。はじき(みはじ)を使用することは中高で決定的に躓く原因を作っているという指摘もあるほどです。
実際、中高で学ぶ様々な概念を理解している人が少ないことを反映しているのが「〇〇倍増」という言葉の濫用のように思えます。たとえば、岸田総理大臣は「令和版所得倍増計画」「資産所得倍増プラン」「子ども予算倍増」のような政策を口走っていますが、実際の政策の内容と比較すると相当単純化されています。政治家は有権者の一定数に支持されなければ職を失うわけですから、選挙に行くような有権者の大部分に分かる言葉を使う傾向にあります。その結果選ばれている概念が「倍」程度でしかないことは、なかなか悲しいものがあります。他にも、過去には小泉総理大臣の「郵政民営化に賛成か反対か」のような単純化もありました。勿論、短期的には有権者に分かりやすい言葉で議席を確保しておき、当選後に本当にやるべき政策を行えば問題ないのかもしれませんが、長期的には「倍」程度の概念しか理解できない国民が増えることで、ますます経済成長が鈍化していくのではないかと懸念されます。
「みはじ」「はじき」「どらえもんの鈴」を使うことで、なんとか授業についていくことが出来るのに、それを取り上げると完全に授業についていけなくなってしまうので取り上げるべきではないという指摘もあります。確かにそのような側面もあるかもしれないのですが、「はじき」を使って授業に見かけ上ついて言っている児童は、はじきによって何が計算されているか分かっていないことがかなりあるように思えます。たとえば、はじきを使って速さを計算した後で、速さってどういうものなのか訊ねると固まってしまい回答できない事例が散見されます。すなわち、はじきの利用によって割合概念がまったく分かっていないことが隠されてしまっているのです。
さらに状況を悪くするのが、テストの点数による評価かもしれません。小学生や中学生では、正解がどのように決められているのかについて理解している生徒は少ないので、テストでマルがつき点数をもらえるのであれば、自分が正しい処理をしていると受け取る傾向があるように思えます。そのため「はじき」によって100点ではないにしろ、10点取れるようになるのであれば、自分は正しい勉強の仕方をしていると捉えるのではないかと懸念されます。また、児童は他の児童と自分を比較したりしますから、点数が取れるから算数は楽しいという勉強に対するモチベーションが形成される可能性もあります。短期的には、概念を理解するよりもあらかじめ決められた評価基準に合わせて対策を行う方がテストの結果は良くなりますから、テストの出来でははじきの使用により発生する問題を認識できないのです。認識できないばかりか助長する可能性すらあると言えるでしょう。
しかし、注意しなければいけないのは、100点満点のテストで10点取るためのアプローチを続けても20点にはならない点です。数学や自然科学、法律などは、概念の積み重ねによって成り立っているので、勉強した結果を正確に使うには、基本的な概念の理解から順番に積み重ねる必要があります。しかし、はじきのような解決法を使うと、あらゆる概念について、その場しのぎの問題を解くためだけの道具で対応することになり、いくら勉強しても概念の理解につながらないのです。はじきのようなソリューションを濫用してきた受験生が、運良くそれを見抜けて直す気概のある先生に出会ったときには小学校3年生の算数からやり直すことになるでしょう。
個人の理解の速さは同一ではありませんから、すぐに難しい概念を理解できない児童が居るのは当然のことです。しかし、その概念をスキップすることにより、その児童が将来負う負債も無視できないように思えます。彼らが将来必要以上に損をしないよう、理解度別の授業の割り振りとそれを実現するための体制の構築が必要な気がします。